彼は各礼拝の後、タスリーム(礼拝の締めの動作)する際に、こう言ったものだった:「ラー・イラーハ・イッラッラーフ・ワハダフ・ラー・シャリーカラフ。ラフルムルク、ワ・ラフルハムドゥ、ワ・フワ・アラー・クッリシャイン・カディール。ラー・ハウラ・ワ・ラー・クウワタ・イッラー・ビッラーヒ。ラー・イラーハ・イッラッラーフ、ワ・ラー・ナァブドゥ・イッラー・イーヤーフ。ラフンニァマトゥ・ワ・ラフルファドゥル・ワ・ラフッサナーウルハサニ。ラー・イラーハ・イッラッラーフ・ムフリスィーナ・ラフッディーナ・ワ・ラウ・カリハル・カーフィルーナ。」
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は礼拝から立ち去る際には、3度アッラーの赦しを求めて、こう言った:「アッラーフンマ・アンタッサラーム、ワ・ミンカッサラーム、タバーラクタ・ヤー・ザル=ジャラーリ・ワル=イクラーム。」
預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の許に、ある盲目の男がやって来て、こう言った:「アッラーの使徒よ。私には、私のことをマスジドに連れて行ってくれる人がおりません。」それから彼はアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に、家で(義務の)礼拝をしてもよいかと尋ね、その許可を得た。そして彼がそこを立ち去ろうとした時、アッラーの使徒は彼にこう尋ねた:「礼拝の呼びかけ(アザーン)は聞こえるか?」彼が「ええ」と答えると、彼は言った:「ならば、(呼びかけに)応じよ。」
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は私たちに、このような「必要のフトバ(説教)」を教えて下さった:「インナル・ハムド・リッラーヒ、ナスタイーヌフ、ワ・ナスタグフィルフ。ワ・ナウーズ・ビヒ・ミン・シュルーリ・アンフスィナー・・・」
「アッラーはあなた方のために、あなた方が施すものを授けて下さったのではないか?各タスビーハ(「スブハーナッラー」と称えること)には一つのサダカが、各タクビーラ(「アッラーフ・アクバル(アッラーは最も偉大なり)と唱えること)には一つのサダカが、各タフミーダ(「アルハムドゥリッラー」と称賛すること)には一つのサダカが、各タフリーラ(「ラーイラーハイッラッラー(アッラー以外に崇拝すべきものはなし)」と唱えること)には一つのサダカがある。善を命じることはサダカであり、悪事を禁じることはサダカであり、あなた方の性の営みにもサダカがあるのだ。」